第2次別姓訴訟 広島地裁判決を受けて

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皆さま

いろいろなメディアでも報道されましたが、2019年11月19日広島地裁の判決言い渡しがあり、訴えは棄却されました。
14条に関しては、別氏を希望する者とそうでない者とを区別しているという訴えに対しては、別氏を希望する者にもそうでない者にも「区別することなく」同じ法律を規定するのだから、別氏を希望するという「人生に関する信念」(信条という表現を避けられた)に着目して区別しているのではない、事実婚の不利益は法律婚をしないからおこっているのであって信条(夫婦別姓を希望すること)によって起こっているのではないと否定しました。
また、職業上の必要性のためなどで通称使用をする人たちが少なからず存在し、世論調査では法改正を認める割合が増加し、家族の姓が違っても家族の一体感に影響がないと思う者の割合は増加し、各地の地方議会で選択的夫婦別姓を求める意見書が採択され、別氏を希望する女性が増加している事がうかがわれるなど、わたしたちの訴える別姓を求める声がいろいろあることを認めたものの、旧姓併記を政府が進めていることなどから旧姓使用についての世の中の理解が進んでいるから、改姓の不利益が拡大しているとまでは認められないと、憲法24上違反との主張は退けられました。
女性差別撤廃条約の規定についても条約がすぐに国内に適用可能(自動執行力を持つ)であるとは言えないのでこれを違反しているということはできないと書かれていました。
残念で、悔しいです。
事実婚の不利益を被りたくなければ法律婚をすりゃあいいと言われても、はいはいと改姓はできません。別姓を希望して結婚したい人は通称使用という別室へお回りください、といわれているのに、どちらにも入り口は用意されているのだから同じだといわれて、そうだそうだおんなじだとは、思えません。私は別室が嫌なのです。
通称は本名ではないことを、過小評価もされています。
東京本庁、立川、と棄却が続き、想定内、といえば言えるような棄却判決でしたが、この、法律が問題→法改正を訴える→国会は動かない→2011年第1次別姓訴訟提訴で司法へ→2015年違憲判決出なかった→国会は動かない→29018年第2次別姓訴訟、と選択的夫婦別姓が国会でも司法でも民法改正へ動く流れができないで謎の迷路をぐるぐる回るなか、さまざまに別姓を求める声の存在を認めながらも結論はざっくりまとめて、同姓強制状態が違憲ではない、といわれたこと、納得はできません。
この日、13時30分の広島での判決のニュースが午後4時頃の東京で都バス内のディスプレイに速報が流れたそうです。それだけ注目を受ける「事件」になっているって事かと思いました。たくさんの人たちが心に留め、口にしてくれることで、時代が動いていくと思います。RBG(米国最高裁で米史上二人目の女性判事のルース・ベーダー・ギンズバーグ判事)が何度も口にしていたように、きっと、時代が変われば法律も変わります。
東京本庁、立川、広島3カ所共に控訴します。高裁へ更にパワーアップして向かいたいと思います。通称使用では不十分である事、反証をあげていきたいとも思っています。
2018年5月の提訴より、応援ありがとうございました。残念でしたが、実は全然めげていません。高裁、そして多分最高裁へと向かいます。続けて応援お願いいたします。
取り急ぎこれまでのお礼と、ご報告まで。

2019年11月13日外国特派員協会で記者会見💦

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裁判続いています。20189年11月18日本日までに、家裁(東京、立川、広島)いずれも却下、東京地裁本庁、立川支部

外国特派員協会で会見をしました。

原告会見原稿です。

☆   ☆   ☆

夫と私は1983年に結婚しました。

その頃は、結婚すると婚姻届を出すのが正しいと思われ、夫婦の98%以上は妻が夫の姓に改姓していました。

私は名前を変えると自分でなくなるように感じ、改姓したくありませんでしたが、

私が改姓しないためには、夫が改姓するか、または婚姻届を出さないかしか方法はありません。自分がしたくないことを夫にさせるのは嫌だったし、夫が改姓するのはとても変わったことに見える気もして夫が改姓する方法はとれませんでした。また、届けを出さず事実婚にする勇気もなく、夫と長い時間話し合いましたが、最終的に私が夫の姓Aに改姓しAいづみとなり婚姻届を出しました。

戸籍上、Aいづみとなると、それが私の本名になります。免許証やパスポート、国家資格の免許証など、自分を証明する書類は全て改姓した戸籍名に書き換えなければなりません。職場では書き換えた資格に基づきAいづみで仕事をすることになりました。

恩地いづみという名前を無くしたくなかったので、使えるところでは通称として恩地いづみのままでいようとしました。

しかし、恩地の名前で届いた荷物を受け取りに行こうにも身分証明書になる免許証はAなので私が恩地いづみであることを証明することができません。保険証もAなので、医療機関に受診するときはAです。出産で入院した折には、お見舞いに来てくれるだろう友人に病院ではAであることをあらかじめいっておかなくてはなりませんでした。初対面の人に自己紹介するときには、当時は一般的でなかった「夫婦別姓」や「通称使用」という語句の説明や通称を使う理由まで説明して、二つの名前を使い分けていることを断っていました。多分、「めんどくさいヤツ」と思われていたと思います。

このように二つの名前を使う生活は大変不便で関係する人たちに手間をかけます。

通称使用の生活にストレスを感じ、疲れてしまい、変わり者とみられてもいい、当たり前でなくてもいいからダブルネームの煩わしさから解放されたいと考えるようになり、1990年にペーパー離婚して自分の名前を取り戻しました。7年かかりました。

その後、夫と私は今まで29年事実婚で過ごしています。

事実婚になると、私はいつでも恩地いづみでいられ、自分を証明するものはあるし、使い分けのストレスもなくなりました。

けれど今度は、公的に結婚を証明するものがありません。事実婚では、保険会社の保険に入るのが難しかったり、クレジットカードの家族カードが作れなかったりしました。

ペーパー離婚後、子どもはどちらか一方が親権者となるので、子どものパスポートを申請したとき、親権者でないものが申請するには書類が足りなくて出直しを余儀なくされたことがありました。同じ家に住んで共同で子育てしている2人なのに一人だけが親権者であるのは不思議だし不便もありました。

もし今、どちらかが病気や事故で意識がなくなったら、と考えると、事実婚の配偶者に医療同意の代行を認めるかどうかには決まりはなく、その医療機関の判断によって、代行が認められない可能性もあります。老人ホームに夫婦同室で入居するには法律婚であることを必要とする施設が多いと聞きます。また、事実婚でどちらかが亡くなると、相続税の配偶者控除もありません。

高齢となる今後、事実婚のためにこうした点で困るのではないかと不安があります。

 

通称は本名ではないし、事実婚は法律婚ではありません。どちらもがなまえを失わずに夫婦となるために、一方が

本名ではない通称を使うか、二人が法律婚をせず事実婚でいるかしか方法がないのはおかしいと思ってきました。

 

1996年に法制審の答申が出たときに、やっと民法が改正されると期待しましたがされませんでした。

国会が動かないなら司法で動かしてほしいと期待した、2011年に始まった第1次別姓訴訟でしたが、2015年に最高裁で同姓強制が合憲とされました。

2018年に第2次別姓訴訟が始まる、という話を聞き、今度こそ勝ってほしいと思いました。裁判を応援したいと考えるうちに、原告団に参加するのも応援になると気づき、原告の一人になろうと名乗りを上げました。

そして広島での原告が誕生し、今広島地裁の判決を待っています。

(英文:少々文が前後します)

I and my husband married in 1983

I felt that if I changed my name, I would not be myself any longer, so I didn’t want to change my surname.

One option to avoid changing my surname was for us as a couple to take my surname, with my husband thus changing his surname, but I didn’t feel right about making my husband change his surname when I myself did not want to do so.  In those days, for about 98.5% of the couples filing marriage registrations the husband’s surname was the couple’s surname, so I recognized that it would be seen as a strange thing for a couple to adopt the wife’s family name.  Another alternative was to refrain from registering our marriage, but at that time, more than today, being legally married was considered the conventional thing to do, so I wasn’t brave enough to have a “de facto marriage.”  I and my husband discussed this at length and in the end we registered our marriage with me changing my surname to that of my husband, “A.”

When the family register reflects that “A,” is the couple’s surname, that name becomes my true name, and all documents that identify myself—licenses, passport, certificates showing national qualifications, etc.—must be re-written to reflect the family register name, the surname to which I had changed.  In the workplace, I had to work as “A,” based on my credentials/qualifications which had been rewritten. Because I didn’t want to give up my name of Izumi Onji, I referred to myself as Izumi Onji, wherever I could use that as a “common name.”

However, when packages arrived for someone name Onji, and were held at the Post Office if I was not at home to receive them, when I did go to pick them up, I could not prove that I was Izumi Onji because the licenses, etc. which would serve for identification were all in my husband’s surname, “A.”  Because my proofs of insurance were also in the name of “A,” whenever I visited a medical facility, I was “A.”  Even when I entered a hospital to give birth, I had to tell ahead of time the friends I expected to visit me, that I at the hospital I was known as “A.”  When I met someone for the first time, I would introduce myself, giving both my family register name and my common name.  I had to explain the terms “couples with different surnames” and “use of a common name,” which were not generally used at that time, and even my reasons for doing so.  I imagine that people perhaps thought, “What a bothersome person.”

This life of using two surnames was every inconvenient, and caused bother to people I came into contact with.

This life of using a common name caused me a lot of stress.  I felt tired and decided that even if I were considered an oddball, and even if it is not conventional, I wanted to free myself from the complications of this “double name” situation, so in 1990 I got a paper divorce and recovered my own surname.

After that, and up to the present, my husband and I have lived for 29 years in a de facto marriage.

In a de facto marriage, I can always be Izumi Onji, I have documents to prove who I am, and the stress of keeping two surnames separated has gone away.

However, now I have no way of proving that I am officially married.  With a de facto marriage, it is difficult to get insurance with an insurance company, and with credit cards, one cannot get a “family card.”

After a paper divorce, one of the parents becomes the holder of parental rights to the children, so that, in applying for a passport for the children, I found that if the parent who is not the holder of parental rights makes the application, the normal documents are insufficient and one is forced to reapply.  I thought it was strange that when a couple lives together and are raising their children jointly, only one of them is the holder of parental rights.

Today, when I realize that if either of us were to become unconscious due to sickness or an accident, because there is no rule about whether the spouse in a de facto marriage is recognized as a surrogate to approve medical treatment, there is a chance that, based on the judgment of the medical institution, the de facto spouse might not be recognized as a surrogate.  In the case of couples entering an old folks’ home and share a room, many such institutions require that the couple be legally married.  Also, if either spouse in a de facto marriage were to die, there is no spousal deduction for inheritance tax.  I feel anxiety that, in the future, as I grow older, there will probably be problems like these because of our de facto marriage.

One’s common name is not one’s true name and a de facto marriage is not a legal marriage.  So I have come to think that it is strange that, in order to become a couple without one spouse giving up their name, the only ways are for one spouse to use a common name that is not their true name or for the couple not to officially marry, but to have a de facto marriage.

In 1996, when the Legislative Council of the Ministry of Justice submitted its report, I expected that finally the Civil Code would be revised, but that did not happen.

In 2015, in regard to the first “Different Surname Law Suit” which had begun in 2011, the Supreme Court determined that making it compulsory for couples to have the same surname is constitutional.

In 2018, when I heard that a second Different Surname Law Suit had begun, I thought that this time we will surely win.  In thinking of ways I could help, it occurred to me that joining the plaintiffs would also be a way of helping, and I volunteered to become a plaintiff.

Then, in Hiroshima this new lawsuit was born, with me as the plaintiff, and now I am awaiting a decision from the Hiroshima District Court.

第2次別姓訴訟 広島地裁判決言い渡しもうすぐです

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皆さま

広島地裁 判決言い渡しは,
11月19日(火) 13:30から(304号法廷)です。

15:00から記者会見/報告集会(広島弁護士会館)を予定しております。

どうぞご参加ください