第2次別姓訴訟 広島高裁 初回期日(法廷・傍聴券に関して追加です)

延期になっていました広島高裁初回期日ですが、

2020年6月8日(月)15時からになりました。

法廷小さいです。ご注意ください!傍聴券以下のように配ります。

・傍聴席は席を空ける関係で、マスコミ含め16席。

・傍聴券配布 開始 1420分 抽選 1440

・法廷は、302号法廷です。

・抽選は、裁判所1階の道交室というところで行われるそうですが、1階の入り口のところに、場所を明示しておいてくれるそうです。

・傍聴券配布、傍聴席、いずれも密にならないようにお願いいたします。マスク着用もよろしく。

申し訳ありませんが、上記のようになりますので傍聴や応援のほど、よろしくお願いいたします・・・なのですが、傍聴は無理なさらないでください。

報告集会 口頭弁論終了後弁護士会館で。開始は4時頃になるかと思います。一人ずつ間隔を空けてゆっくり座ったいただけるよう、大きな部屋を準備してもらっています。傍聴席に入れなかった方にももう一度聞いていただけるよう、報告を行います。

予定していた東京からの弁護団の来広も、最少人数にとどめることになりました。

報告会の持ち方も、今回はこれまでとは進行を変え、報告と質問のみで行わせてください。

交流会は今回は中止します。

どこまでならいいんだろう、とかこれはどうかなあ、とか、一つ一つ頭を悩ませながら弁護団や応援団のみなさんと準備を進めています。ご意見等ありましたらご遠慮なく恩地まで。

よろしくお願いいたします。

弁護団、応援団、原告、みんな元気で、控訴審初回期日を迎えられますように。

STAY HOME

STAY SAFE

第2次別姓訴訟 広島高裁 初回期日延期です

4月20日(月)広島高裁初回期日は、延期になりました。

今日の緊急事態宣言発令により、協議により延期になりました。

宣言発令以前からの情報では国側の控訴答弁書が出ておらず、反論は「追って行う」とされ、4月20日に期日が開かれたとしても、それで結審にはならず、第2回期日を入れることになっていました。

今回は延期し、反論の書面が提出されていることを前提として、まとめて期日を一回行うということで、スケジュール的にはあまりかわらないことになるそうです。そうすれば延期後の期日が結審になると思われます。

新しい期日が決まりましたら、またお知らせします。

元気で、控訴審初回期日を迎えられますように。その時に、是非皆さんに傍聴していただけますように。

内閣府の世論調査、設問がなんか変なんですけど

内閣府の夫婦別姓に関する世論調査、設問がなんか変なんですけど、変だ変だって言ってるの私だけ??

2020年2月4日安倍首相は衆議院予算委員会での立憲民主党の大河原雅子議員の質問への答弁(10:15 大河原雅子立憲民主党議員質問)で世論調査結果を根拠に、改めて法改正に後ろ向きな姿勢を示した。

言及された内閣府の調査、質問文が一部紛らわしくて、これが言及される度にもやもやする。

どこが紛らわしいかというと、

(ア)反対、(イ)賛成、分からない、の他「(ウ)夫婦が婚姻前の名字を名乗ることを希望していても、夫婦は必ず同じ名字を名乗るべきだが、婚姻によって名字を改めた人が婚姻前の名字を通称としてどこでも使えるように法律を改めることについては、かまわない」の項目が賛否に分けがたいのだ。

首相は「夫婦は同じ名字を名乗るべき」は過半数(法改正反対29.3%とウ24.4%を合計すると53.7%)なので法改正には慎重、と言われていたが、「法律を改めることは、かまわない」をみれば66.9%になる。現在進められている旧姓併記は「どこでも使える通称」でなく、これをもっても(ウ)が法改正をせず現状維持とする根拠にはなりがたい。改正法案を選ぶ質問のようでもあり、それなら(ウ)の割合を他の答えと合計してはいけない。法改正可否を語るときこうした紛らわしい合算は根拠とはできまい。

この紛らわしい数字の使い方は首相だけではなく、以前法相も記者会見でこのような発言をしていたので、みんなで共有している世論調査解釈法なのだろう。

5年毎の調査ということなのでもし次回24年に実施されるのであれば、賛否を問うのと改正案を選ぶ質問を別立てにするなり、項目の見直しを要するのではないだろうか。

注:

内閣は、1996年から約5年ごとに「家族の法制に関する世論調査」を実施し、これまで、1996年、2001年、2006年、2012年、2017年に選択的夫婦別姓制度についての世論調査を行っています。

この調査で、選択的夫婦別氏制の導入に対する考え方を詳しく聞いているのだけれど、その(9)選択的夫婦別氏制度、のなかのQ10 が選択的夫婦別氏制度についての質問。質問の文言は、

10  現在は、夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗らなければならないことになっていますが、「現行制度と同じように夫婦が同じ名字(姓)を名乗ることのほか、夫婦が希望する場合には、同じ名字(姓)ではなく、それぞれの婚姻前の名字(姓)を名乗ることができるように法律を改めた方がよい。」という意見があります。このような意見について、あなたはどのように思いますか。次の中から1つだけお答えください。

(ア)婚姻をする以上、夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗るべきであり、現在の法律を改める必要はない(29.3%)

(イ)夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希望している場合には、夫婦がそれぞれ婚姻前の名字(姓)を名乗ることができるように法律を改めてもかまわない(42.5%)

(ウ)夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希望していても、夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗るべきだが、婚姻によって名字(姓)を改めた人が婚姻前の名字(姓)を通称としてどこでも使えるように法律を改めることについては、かまわない(24.4%)

(エ)わからない

(質問の後のかっこ内は回答者の割合)

上のように変なところがあるので、この選択的夫婦別姓に反対か賛成かを読むとき、以下の評価が成り立つ。

1、選択的夫婦別姓に(あ:い)   反対 29.3 賛成 42.5

2、法改正に賛成(あ:い+う)   反対 29.3 賛成 66.9

3,別姓使用に(あ:い+う)    反対 29.3 賛成 66.9

4,戸籍別姓可(あ+う:い)    反対 53.7 賛成 42.3

このようにどうにでも読めるような項目、おかしくないですか。

この私の世論調査の読み方間違っていますか。

別姓 希望 さま

詳細なご検討ありがとうございました。私の表現が不正確だったかもと思います。ご指摘に感謝してこれからは正確な表現を心がけようと思っております。・・・ですが、毎日家族から「何をふわふわといい加減なこと言ってんの⁉」と指摘されるような人間である事は一朝一夕では変わることはなさそうで、努力目標にする程度で許してください。

別姓 希望さんのおっしゃること、認識には基本的に誤りはないと思います。

なのですが、「よって、IZUMIさんの『ニーズが多様化したから、訴訟の争点が多様化した』とは何を指すのでしょうか?」に対しては、最初に言ったのは「24年前と状況が変わっている。」で、その変わったこと「必要性の多様化」。で、「社会的状況の著しい変化を背景として、3以下の理由(名前はアイデンティティ、社会生活での姓の一貫性の必要以外の理由)の重みが増し、多様化があったと見える」だったのでは・・・。「IZUMIさんの『ニーズが多様化したから、訴訟の争点が多様化した』」という表現では言っていないような気がするのですが。もしどこかでそう言っていれば、それは私としてもちょっと違うような気がするので撤回します。変化した「必要性の多様化」は、更に言い換えれば、

「元々あった多様なニーズが表面化して、訴訟の争点の多様化と共に選択的夫婦別姓を求める多様な声の『見える化』に繋がっている。」ということですね。項目としてのニーズの種類は以前から同じようにあったけれど、それぞれの声の大きさ多さが変わってきているということです。

鶏が先か卵が先か。もっと声を上げていいよ、と#MeeTooのように別姓に関しても背中を押す声も大きくなって声を上げやすくなったからか、多様なニーズの声が増えたからか(ニーズの一部は増加しているとはっきりしているものもあり、一部は推測のみですが)あちこちからいろんな声が上がっています。

この、声の上げやすさ、いろんな状況の人たちの存在の増加、について、以下「法制審答申後24年、変わったことは・・・」に重複しますが、

・めんどいからシステムを変えろ、みたいな言い方は以前はしにくかったのではないかと・・・これは単純に思っています。今は面倒さが半端なくなっているという変化も、面倒なシステムは面倒さを減らすように変更できる物はすればいいとなってきているというのもあるかも、とふわふわした感想。

・たぶん、国際結婚の増加は著しくて身の回りに選択的夫婦別姓の国際結婚カップルがいくらでもいるようになって彼/彼女らのすでに選択的夫婦別姓である姿を身近に見るようになりました。再婚時のこどもの姓の話しはあったかもしれませんが、少なかっただろうし、離再婚への偏見もあり、以前は声さえ上げづらい状況はありました。離再婚数は増えているので、そう特別なことでなくなったと共に出しやすくなっているので、子連れ離再婚で夫婦別姓を望む人の数の変化について数の根拠はありませんが、増えているのではないかと推察します。海外で働く事も、そう特別なことではなくなっています。確認訴訟のようなケース(海外で働く日本人同士が海外で別姓結婚)も普通にあり得る事になりました。

・実家の姓を名乗りたい層、については数の増加があるかどうかは根拠はありません。が、たぶん少子化に伴ってニーズは切実になっているのでは?残したい「姓」の夫婦が夫婦のこどもでない男の子を養子縁組する形や、娘が妻氏婚といった今まで行われてきた方法が少子化の前には無効になってきている可能性はあり、選択的夫婦別姓でよりシンプルに両方の姓を繋ぐことができるので希望者数が増えているかもしれません。

そして、「声を出しやすくなっている」のもありそうです。法制審答申にいたる頃には、戦後日本国憲法制定、男女平等、女性差別撤廃条約制定批准、と民主化や女性差別撤廃の流れが強くあったなかで語られることが多かった夫婦別姓、「姓」を残すという声は出しずらかったと推測されます。「姓」を残す、ということが旧憲法と共に廃止された「家制度」と重なる部分があるので大きな声になっていなかったように思えるのです。しかし、保守右派の政権という政治状況の背景もあり、姓を残したい声を出しやすくなっているかもしれないし、夫婦別姓の必要を理解する層を拡げる効果もあるかもしれない。気をつけたいのは、政治状況はただ背景であって、夫婦の姓がどちらも続く事を希望する人は政治的信条からそう希望しているとレッテルを貼ることは、名前を変えたくないと言っている人が政治的信条からそう言っているとレッテルを貼ることと同じように無意味なことだし、実際違っている、ということだと思います。

128日の別姓 希望さんのtweet、「ついでにいえば、跡取り娘でもない私が、姉妹の会

に期待するのは『あの会なら、与野党に合理的決断を迫れるバランスを持っている』と感じたからです。議員立法を望むって、そーゆー事だろ。と。正直、当事者性を強く打ち出す方々は、訴訟頑張って。と考えています(批判ではない)」に同感です。今の4つの訴訟が全て敗訴して、まだ国会が動かなければ、姉妹の会に次の訴訟を起こしてもらいたい、訴訟が起こされたらそれを支援したいと思ったりします。

・そして、SNSがこれだけ広がって、世界中どこからでもいつでも、「私の思い」を「嫌だ」とか「辛い」とか「めんどい」とかも含めて一つ一つの声として発信し、それを受け止める場があっていろんな声が見えるようになっています。

・そして晩婚化や女性の就業率の増加は言うまでもありません。

こうした社会状況の変化で、今、多様なニーズに対応する選択的夫婦別姓への法改正の議論がこれだけ現実的になっているのだと思います。わたくしてきには24年前法制審答申時点で現実になっててもよかったと思うのですけれどね。

さいごに、これでご質問にお答えできているかどうか分かりません。まだまだ言葉不足や私の認識の間違いや、あると思います。何かありましたらまた、ご質問ください。ツッコミを入れてください。「教えてください」を、我が儘とおっしゃることは不要です(あ、すくなくともわたしにとっては)。「あなたのいうここんところが分かりません、(説明責任はあなたにあります)説明してもらえませんか。」はすごく大事なことだと思っています。

もう一つ、私は選択的夫婦別姓の法制化を求めています。

2次別姓訴訟団(私もその一部ですが)の「二次弁護団の『複数形戦法』」と思いは同じです。「二次訴訟の弁護団が狙う『今回はあえて地理的・法的争点を複数にすることで、一次訴訟とは違う流れを作る』空気」にのって、私もtweetしています。

法制審答申後24年、変わったことは・・・

選択的夫婦別姓に関する法制審答申(1996年)が出て24年。すぐにでも民法改正があるかと思われたけれど、実現せずに2020年。この間何が変わったんだろう。

必要性の多様化だと思います。

選択的夫婦別姓を求める理由としてよく挙げられるものに、

1,名前はアイデンティティ

2,仕事、研究で名前の同一性が必要

3,家族の名前を絶やしたくない

4,再婚時にこどもの姓を変えたくない

5,婚姻前に社会的基盤ができているので、改姓によってそれらの名義等を全部変更するのがあまりにも大変

などがあります。

ものすごくざっくりした「感想」程度の表現で申し訳ないのですが、法制審答申のあった1996年頃には、男女平等の実現が選択的夫婦別姓を実現すること(つまり理由からすると1と2)の目的の柱のような感じがあったように思います。

その頃以降、働く女性の増加や女性の社会的活動の活発化、離婚の増加、婚姻年齢の上昇、少子化、などに伴って、別姓を求める声は多様化し、特に3,4,5の理由はこれらの変化によってより顕著に増えているように見え、社会システム改正の必要性を高めるものになっています。

5の理由、「改姓は諸々の手続が『めんどい』から名前をそのまま変えずにいたい」、も今や大きな理由の一つかと思います。今の「めんどい」は24年前の「めんどい」とは桁違いに手続にかかる手間暇費用増えてのめんどいです。24年前にはこれはあまり主張されていなかったのではないでしょうか。「めんどい」を避けることを「結婚にあたっての自覚が足りない」とかいう理由で同姓を強制できるでしょうか、といえるところまで来た、という感触は変化を実感する基になります。

他の理由として、

6,国際結婚と比較、海外結婚の海外登録との齟齬を回避する。

一方が日本人の国際結婚では今でも選択的夫婦別姓であって日本人同士と異なる扱いになっています。海外で結婚成立した日本人同士の別姓夫婦が日本の戸籍上夫婦と認められないのはなぜ?など国際結婚や海外で活動する人の増加によって起こる問題もあります。

そうした問題が浮上,増大,言えるようになったことが24年で起こってきている変化だと思います。

法制審答申後24年、法改正が必要な理由が変わったわけではないけれど、上記の社会的状況の著しい変化を背景として、3以下の理由の重みが増し、多様化があったと見えるのです。実際、現在係争中の「別姓訴訟」4種類、それぞれ理由が違います。

選択的夫婦別姓は社会が選択的夫婦別姓を許容するものであるかどうかという寛容性の試金石であって、これ自体は多分以前からずっと変わらないことですが、それによって男女平等を目指すという意味合いだけではなく、他の意味合いが大きくなっていると思います。

第9回 個個からカフェ@広島 ご案内

第9回 個個からカフェ@広島

☆不安なく違っていられる社会への一歩☆

個個からカフェ@広島、もう第9回になります。@東京も始まりました。別姓訴訟共々、どうぞよろしくお願いします。

今回はこれまでとちょっと雰囲気を変えて、映画の中の<かっこいい>女性の姿に触れてみます。

映画に描かれる女性たちの姿から

あなたは何を感じますか

結婚するなら名前を同じにしなさいと

名前も生き方も 強制されるのは イヤだ

パートナーも わたしも これから育っていく子どもたちも

大切にしたいと

別姓訴訟応援団は考えます。

と き 3月7日(土)15:30~17:00

ところ ハチドリ舎 広島市中区土橋2-43 光花ビル201

映画の紹介とおはなし 三浦ひろみさん(映画コメンテーター):RCCラジオ「おひるーな」映画紹介、FMはつかいち「ひろみのマイ・フェア・レディ」で二・四木曜日の18時半から映画や絵本の紹介、くれえばんにシネマのコラム連載、広島テレビのピッピの声などでおなじみ。夢は外国映画の吹き替えで、オードリーヘップバーンの声でも知られる池田昌子さんを尊敬している。被爆体験記朗読ボランティアも。

要申込み 参加費 500 円(ワンドリンクつき)このページのメッセージからご連絡ください。

*次回は6月28日(日) 16:30より 権鉉基(こん・ひょんぎ)さんのお話しです。

年末年始のご挨拶を、選挙区の議員さんに!

「選択的夫婦別姓を国会で議論してください」という意見書を国会にあげてください、と地方自治体議会に働きかける活動をしている「選択的夫婦別姓 全国陳情アクション」というグループがあります。2018年の結成から全国のメンバーの活発な活動で2019年12月議会までグループの働きかけで35自治体で意見書採択(その他、グループとは関係なく意見書が通っている自治体もあります)。

この意見書を、国会の場で更に意味のあるものにしてもらうために・・・、

意見書可決の地域にお住まいの方、国会議員にお手紙書いてみられませんか。

今年各地で市議会、県議会、区議会、都議会と意見書が可決しました。あなたの選挙区でも選択的夫婦別姓を求める声が高まっています。ぜひ国会で前向きな審議をしてください、とお願いしませんか。

陳情アクションのメンバーに聞くと、対面で説明すると、党首が反対だった自民党議員でも、「困る人いるよね。」「わかるわかる。」など、理解をして賛成してくれる事も多いのだとか。選挙民からこんなことが困りますとか思いを伝えられたら、分かってくださる方もおられるのでは。

お正月休みのお暇(はないかもしれませんが(^_^;)に、お手紙・はがきなど書いてみられませんか。

意見書の通った自治体のうち別姓訴訟@広島応援団関連では、広島市、三原市があります。

あ、意見書の通ったところだけじゃなくても、お願いはできますね。たくさんの「選択的夫婦別姓への民法改正を実現させてください」の声を国会に届けていきませんか。

第2次別姓訴訟 広島地裁判決を受けて

皆さま

いろいろなメディアでも報道されましたが、2019年11月19日広島地裁の判決言い渡しがあり、訴えは棄却されました。
14条に関しては、別氏を希望する者とそうでない者とを区別しているという訴えに対しては、別氏を希望する者にもそうでない者にも「区別することなく」同じ法律を規定するのだから、別氏を希望するという「人生に関する信念」(信条という表現を避けられた)に着目して区別しているのではない、事実婚の不利益は法律婚をしないからおこっているのであって信条(夫婦別姓を希望すること)によって起こっているのではないと否定しました。
また、職業上の必要性のためなどで通称使用をする人たちが少なからず存在し、世論調査では法改正を認める割合が増加し、家族の姓が違っても家族の一体感に影響がないと思う者の割合は増加し、各地の地方議会で選択的夫婦別姓を求める意見書が採択され、別氏を希望する女性が増加している事がうかがわれるなど、わたしたちの訴える別姓を求める声がいろいろあることを認めたものの、旧姓併記を政府が進めていることなどから旧姓使用についての世の中の理解が進んでいるから、改姓の不利益が拡大しているとまでは認められないと、憲法24上違反との主張は退けられました。
女性差別撤廃条約の規定についても条約がすぐに国内に適用可能(自動執行力を持つ)であるとは言えないのでこれを違反しているということはできないと書かれていました。
残念で、悔しいです。
事実婚の不利益を被りたくなければ法律婚をすりゃあいいと言われても、はいはいと改姓はできません。別姓を希望して結婚したい人は通称使用という別室へお回りください、といわれているのに、どちらにも入り口は用意されているのだから同じだといわれて、そうだそうだおんなじだとは、思えません。私は別室が嫌なのです。
通称は本名ではないことを、過小評価もされています。
東京本庁、立川、と棄却が続き、想定内、といえば言えるような棄却判決でしたが、この、法律が問題→法改正を訴える→国会は動かない→2011年第1次別姓訴訟提訴で司法へ→2015年違憲判決出なかった→国会は動かない→29018年第2次別姓訴訟、と選択的夫婦別姓が国会でも司法でも民法改正へ動く流れができないで謎の迷路をぐるぐる回るなか、さまざまに別姓を求める声の存在を認めながらも結論はざっくりまとめて、同姓強制状態が違憲ではない、といわれたこと、納得はできません。
この日、13時30分の広島での判決のニュースが午後4時頃の東京で都バス内のディスプレイに速報が流れたそうです。それだけ注目を受ける「事件」になっているって事かと思いました。たくさんの人たちが心に留め、口にしてくれることで、時代が動いていくと思います。RBG(米国最高裁で米史上二人目の女性判事のルース・ベーダー・ギンズバーグ判事)が何度も口にしていたように、きっと、時代が変われば法律も変わります。
東京本庁、立川、広島3カ所共に控訴します。高裁へ更にパワーアップして向かいたいと思います。通称使用では不十分である事、反証をあげていきたいとも思っています。
2018年5月の提訴より、応援ありがとうございました。残念でしたが、実は全然めげていません。高裁、そして多分最高裁へと向かいます。続けて応援お願いいたします。
取り急ぎこれまでのお礼と、ご報告まで。

2019年11月13日外国特派員協会で記者会見💦

裁判続いています。20189年11月18日本日までに、家裁(東京、立川、広島)いずれも却下、東京地裁本庁、立川支部

外国特派員協会で会見をしました。

原告会見原稿です。

☆   ☆   ☆

夫と私は1983年に結婚しました。

その頃は、結婚すると婚姻届を出すのが正しいと思われ、夫婦の98%以上は妻が夫の姓に改姓していました。

私は名前を変えると自分でなくなるように感じ、改姓したくありませんでしたが、

私が改姓しないためには、夫が改姓するか、または婚姻届を出さないかしか方法はありません。自分がしたくないことを夫にさせるのは嫌だったし、夫が改姓するのはとても変わったことに見える気もして夫が改姓する方法はとれませんでした。また、届けを出さず事実婚にする勇気もなく、夫と長い時間話し合いましたが、最終的に私が夫の姓Aに改姓しAいづみとなり婚姻届を出しました。

戸籍上、Aいづみとなると、それが私の本名になります。免許証やパスポート、国家資格の免許証など、自分を証明する書類は全て改姓した戸籍名に書き換えなければなりません。職場では書き換えた資格に基づきAいづみで仕事をすることになりました。

恩地いづみという名前を無くしたくなかったので、使えるところでは通称として恩地いづみのままでいようとしました。

しかし、恩地の名前で届いた荷物を受け取りに行こうにも身分証明書になる免許証はAなので私が恩地いづみであることを証明することができません。保険証もAなので、医療機関に受診するときはAです。出産で入院した折には、お見舞いに来てくれるだろう友人に病院ではAであることをあらかじめいっておかなくてはなりませんでした。初対面の人に自己紹介するときには、当時は一般的でなかった「夫婦別姓」や「通称使用」という語句の説明や通称を使う理由まで説明して、二つの名前を使い分けていることを断っていました。多分、「めんどくさいヤツ」と思われていたと思います。

このように二つの名前を使う生活は大変不便で関係する人たちに手間をかけます。

通称使用の生活にストレスを感じ、疲れてしまい、変わり者とみられてもいい、当たり前でなくてもいいからダブルネームの煩わしさから解放されたいと考えるようになり、1990年にペーパー離婚して自分の名前を取り戻しました。7年かかりました。

その後、夫と私は今まで29年事実婚で過ごしています。

事実婚になると、私はいつでも恩地いづみでいられ、自分を証明するものはあるし、使い分けのストレスもなくなりました。

けれど今度は、公的に結婚を証明するものがありません。事実婚では、保険会社の保険に入るのが難しかったり、クレジットカードの家族カードが作れなかったりしました。

ペーパー離婚後、子どもはどちらか一方が親権者となるので、子どものパスポートを申請したとき、親権者でないものが申請するには書類が足りなくて出直しを余儀なくされたことがありました。同じ家に住んで共同で子育てしている2人なのに一人だけが親権者であるのは不思議だし不便もありました。

もし今、どちらかが病気や事故で意識がなくなったら、と考えると、事実婚の配偶者に医療同意の代行を認めるかどうかには決まりはなく、その医療機関の判断によって、代行が認められない可能性もあります。老人ホームに夫婦同室で入居するには法律婚であることを必要とする施設が多いと聞きます。また、事実婚でどちらかが亡くなると、相続税の配偶者控除もありません。

高齢となる今後、事実婚のためにこうした点で困るのではないかと不安があります。

 

通称は本名ではないし、事実婚は法律婚ではありません。どちらもがなまえを失わずに夫婦となるために、一方が

本名ではない通称を使うか、二人が法律婚をせず事実婚でいるかしか方法がないのはおかしいと思ってきました。

 

1996年に法制審の答申が出たときに、やっと民法が改正されると期待しましたがされませんでした。

国会が動かないなら司法で動かしてほしいと期待した、2011年に始まった第1次別姓訴訟でしたが、2015年に最高裁で同姓強制が合憲とされました。

2018年に第2次別姓訴訟が始まる、という話を聞き、今度こそ勝ってほしいと思いました。裁判を応援したいと考えるうちに、原告団に参加するのも応援になると気づき、原告の一人になろうと名乗りを上げました。

そして広島での原告が誕生し、今広島地裁の判決を待っています。

(英文:少々文が前後します)

I and my husband married in 1983

I felt that if I changed my name, I would not be myself any longer, so I didn’t want to change my surname.

One option to avoid changing my surname was for us as a couple to take my surname, with my husband thus changing his surname, but I didn’t feel right about making my husband change his surname when I myself did not want to do so.  In those days, for about 98.5% of the couples filing marriage registrations the husband’s surname was the couple’s surname, so I recognized that it would be seen as a strange thing for a couple to adopt the wife’s family name.  Another alternative was to refrain from registering our marriage, but at that time, more than today, being legally married was considered the conventional thing to do, so I wasn’t brave enough to have a “de facto marriage.”  I and my husband discussed this at length and in the end we registered our marriage with me changing my surname to that of my husband, “A.”

When the family register reflects that “A,” is the couple’s surname, that name becomes my true name, and all documents that identify myself—licenses, passport, certificates showing national qualifications, etc.—must be re-written to reflect the family register name, the surname to which I had changed.  In the workplace, I had to work as “A,” based on my credentials/qualifications which had been rewritten. Because I didn’t want to give up my name of Izumi Onji, I referred to myself as Izumi Onji, wherever I could use that as a “common name.”

However, when packages arrived for someone name Onji, and were held at the Post Office if I was not at home to receive them, when I did go to pick them up, I could not prove that I was Izumi Onji because the licenses, etc. which would serve for identification were all in my husband’s surname, “A.”  Because my proofs of insurance were also in the name of “A,” whenever I visited a medical facility, I was “A.”  Even when I entered a hospital to give birth, I had to tell ahead of time the friends I expected to visit me, that I at the hospital I was known as “A.”  When I met someone for the first time, I would introduce myself, giving both my family register name and my common name.  I had to explain the terms “couples with different surnames” and “use of a common name,” which were not generally used at that time, and even my reasons for doing so.  I imagine that people perhaps thought, “What a bothersome person.”

This life of using two surnames was every inconvenient, and caused bother to people I came into contact with.

This life of using a common name caused me a lot of stress.  I felt tired and decided that even if I were considered an oddball, and even if it is not conventional, I wanted to free myself from the complications of this “double name” situation, so in 1990 I got a paper divorce and recovered my own surname.

After that, and up to the present, my husband and I have lived for 29 years in a de facto marriage.

In a de facto marriage, I can always be Izumi Onji, I have documents to prove who I am, and the stress of keeping two surnames separated has gone away.

However, now I have no way of proving that I am officially married.  With a de facto marriage, it is difficult to get insurance with an insurance company, and with credit cards, one cannot get a “family card.”

After a paper divorce, one of the parents becomes the holder of parental rights to the children, so that, in applying for a passport for the children, I found that if the parent who is not the holder of parental rights makes the application, the normal documents are insufficient and one is forced to reapply.  I thought it was strange that when a couple lives together and are raising their children jointly, only one of them is the holder of parental rights.

Today, when I realize that if either of us were to become unconscious due to sickness or an accident, because there is no rule about whether the spouse in a de facto marriage is recognized as a surrogate to approve medical treatment, there is a chance that, based on the judgment of the medical institution, the de facto spouse might not be recognized as a surrogate.  In the case of couples entering an old folks’ home and share a room, many such institutions require that the couple be legally married.  Also, if either spouse in a de facto marriage were to die, there is no spousal deduction for inheritance tax.  I feel anxiety that, in the future, as I grow older, there will probably be problems like these because of our de facto marriage.

One’s common name is not one’s true name and a de facto marriage is not a legal marriage.  So I have come to think that it is strange that, in order to become a couple without one spouse giving up their name, the only ways are for one spouse to use a common name that is not their true name or for the couple not to officially marry, but to have a de facto marriage.

In 1996, when the Legislative Council of the Ministry of Justice submitted its report, I expected that finally the Civil Code would be revised, but that did not happen.

In 2015, in regard to the first “Different Surname Law Suit” which had begun in 2011, the Supreme Court determined that making it compulsory for couples to have the same surname is constitutional.

In 2018, when I heard that a second Different Surname Law Suit had begun, I thought that this time we will surely win.  In thinking of ways I could help, it occurred to me that joining the plaintiffs would also be a way of helping, and I volunteered to become a plaintiff.

Then, in Hiroshima this new lawsuit was born, with me as the plaintiff, and now I am awaiting a decision from the Hiroshima District Court.