違いに対する寛容さが広がってきているのかもしれない

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2018年12月16日ハチドリ舎での第4回 個個からカフェ

 新たな「別姓訴訟」が拓く未来 ~家族の多様性と個人の尊重という視点から~

立命館大学法学部教授 二宮周平先生の講座では、

日本における名前の歴史、現在の夫婦同氏の由来をたどって、江戸時代の名前、明治民法の時代から大戦後、日本国憲法が発布され、現行の民法が制定されるまでの流れを振り返り、家制度は廃止され男女平等が憲法で保障され、家族、夫婦のありかたも変わってきたこと、選択的夫婦別姓を求める動きがおこり1980年代から各地で女性達の運動の始まり、1991年法制審議会の答申、第1次夫婦別姓訴訟があり、昨年末の内閣府の世論調査で選択的夫婦別姓導入可という意見が過去最高値42.5%になり、今年に入って複数の夫婦別姓訴訟が提起されていることが話されました。

2017年末の世論調査では、別姓を容認する人が42.5%、認めないという人29.3%で、50歳未満では導入可がほぼ50%。一方、民法が改正されたら自分も別姓を希望するという人は20%以下に留まったという結果について、二宮教授は「自分は多分夫婦別姓にはしないけれど、別姓にしたい人はしていいよと、自分と違う意見・生き方に対して寛容さが広がっているのではないでしょうか。」とおっしゃった。

私はこの世論調査結果を、選択的夫婦別姓を許容する割合が反対を上回った、やったあ!としか見ていなかったので、社会の寛容さが増加傾向を示したという読み方で、なるほど、と思った。

「違う」ことの存在を知って、自分はそうは思わないけれどとか、それは多数ではないけれどその存在・意見を、それもありか、と受け入れる。世論調査の、一般論として認めるかどうかと自分は希望するかどうかという二つの質問に対する数字の差がそんな寛容さを示しているとすれば、この社会がちょっと大人の態度を取れるようになってきたってことではないか?と思えて、少し嬉しくなった。

夫婦別姓を希望して、別姓訴訟の原告になったことで、仲間を増やして多数派になりたい、と思っているわけではない。なんで夫婦別姓が少数派なんやろう?ともちょっと思うけれど、少数派であることは別にかまわない。少数派であることで「少数派消えてしまえ!」と言われさえしなければ、ね。今の同姓強制の法律では、別姓結婚希望者は無いことにされている。別姓なんかダメよ、と法律に言われている感じ。それは嫌だと思う。別姓もいいよ、って民法にも言ってほしいから原告になった。

選択的夫婦別姓を容認する意見が反対意見を上回ったことで、もう、民法改正を遅らせるのに「世論が拮抗しているから」とはいえなくなります、という二宮先生の言葉に強くうなずいた。

社会は変わってきているのかも。そんな未来を拓く感覚を感じさせてもらえた個個カフェだった。「おかしいと思うことはおかしいと言う、問いかけることが、やがて社会や制度を動かすことになっていくのではないでしょうか。」と、二宮先生もおっしゃった。未来を拓いていく、扉を開けることを目指して、なんてすごいいいかっこしいしてるようで面はゆいけれど、でも拓いていきたいね!

先生もハイボール片手で、聴衆もそれぞれにいろんな飲み物を手に、年の瀬の喧噪からちょっと離れて、素敵な時間を過ごすことができました。東京の会場にもライブ中継して講演を共有できました。後の交流会までおつきあいいただいた二宮先生、広島で、東京で会を運営してくださった皆さん、ご参加くださった皆さん、ありがとうございました。